ヘリコプターマネーとはなにか

今、日本全国の上空から「所得増」を実感できるほどお札をばらまいたら、人々はそのお金で買い物をして、物価は確実に上がる…でしょうか?
これは「ヘリコプターマネー(ヘリマネ)」の例えです。1969年、アメリカの経済学者ミルトン・フリードマン氏が、貨幣の量と物価水準の関係を説明するために「政府がヘリから紙幣をばらまき国民にお金を配るとどうなるか」と投げかけたのが議論の始まりです。
今回はこの「ヘリコプターマネー」について解説します。

ヘリマネ理論が生まれた背景

フリードマン氏が冒頭の議論を仕掛けた1969年は、アメリカのドル危機が激化し、一方で、世界的には経済成長とインフレが進んだ時期です。
第二次大戦後の世界は、「ブレトン・ウッズ協定」によって、ドルと金の交換をアメリカ政府が保証することで、ドルを基軸通貨とするとともに、各国の為替レートを固定しました。これにより、西側諸国は史上類を見ない高度成長を実現。
日本も1950年代から高度経済成長を実現しました。反面、かつて「一人勝ち」だったアメリカは輸出が頭打ちとなり、貿易収支が赤字に転落、1960年代のベトナム戦争の軍事支出増大も影響しました。
結果的には、1971年にニクソン大統領がドルと金の交換停止などの措置を発表(ニクソンショック)し、国際通貨制度は、ドル基軸から変動相場制度に移ります。この前段階で、フリードマン氏が「政府が自由におカネの量を調節することができれば、目標とする物価水準を達成することができるはず」と提唱したのです。
21世紀に入り、ヘリマネ案をデフレからの脱却策として再提起したのが、米FRBの前議長ベン・バーナンキ氏と、イギリスの金融行政を監督するFSAの元長官アデア・ターナー氏です。
バーナンキ氏は議長就任前の2002年、中央銀行による国債買い取りと政府による広範な減税実施を提案し、「フリードマン氏のヘリマネに本質は等しい」と語りました。このためバーナンキ氏は「ヘリコプター・ベン」とも呼ばれます。
また、ターナー氏は、長官退任後の2015年の著書で、国民への直接配布を使ったヘリマネ導入を提起しています。
ヘリマネ政策は、各国の中央銀行が政府発行の国債を引き受け、国債と交換で紙幣を印刷します。「中央銀行の負債を財源にした減税あるいは現金配布」で、家計を直接刺激する政策でデフレ脱却を図ろうというものです。

「量的緩和」とヘリマネはどう違うのか

デフレに苦しむ日本は、2012年に発足した安倍内閣とともに、黒田日銀体制のもとで年間80兆円もの国債買い上げをしてきました。政府負債となる1,075兆円のうち3分の1は日銀が保有しています。これが黒田総裁の言う「量的緩和」です。
ヘリマネは、この量的緩和とは違います。量的緩和は、中央銀行が買い取った国債に利子をつけて、政府がいずれ買い戻す約束が付いているのに対し、ヘリマネは中央銀行が国債を保有し続け、政府は元利返済に伴う将来の負担増加を懸念する必要がなくなるのです。
ゼロ金利、量的緩和、そして、マイナス金利も「やらないよりやる方がマシ」だが、それ以上の需要喚起には「金融政策と財政政策の一体化が必要だ」というのがヘリマネ論の主張です。

過去のヘリマネ類似政策

過去、ヘリマネに似た政策は少なくありません。先述のターナー氏らが先例として引き合いに出すのは、世界恐慌に見舞われた1930年代、日本の高橋是清大蔵大臣が取った「リフレーション政策」です。
金本位制を廃止し、利下げと財政出動、日銀による新規国債の大量発行に踏み込みました。財政支出は、軍事費や、農村振興費に充てられました。
しかし高橋蔵相は、その後、インフレの恐れが高まったとして大幅な国債縮減策を打ち出し、軍部の不満を買い1936年の二・二六事件で暗殺されます。以降、日銀の国債引き受けは軍事費の増加とともに膨張。そして敗戦により国債は紙クズとなりました。
ドイツでも、第一次大戦の敗戦による巨額賠償の支払いに伴う財政赤字を、中央銀行の国債引き受けで乗り切りました。一方で紙幣乱発によりインフレが高まり、世界恐慌後の社会不安の中でナチス・ドイツが台頭しました。

日本とヨーロッパで評価がねじれています

ヘリマネ政策の評価には、日欧の歴史の違いが反映されています。EUの欧州議会の議員18名が2016年6月、欧州中央銀行(ECB)総裁に「ヘリマネ政策の採用」を検討するよう求める公開書簡を出しました。欧州左翼党、欧州社会党、欧州緑の党の3派です。
ヨーロッパの左派は、ドイツのメルケル首相をはじめEU各国の政策を緊縮、財政再建路線とみて、財政拡大と金融緩和を提唱してきた歴史があります。一方、欧州左派と同じ社会主義思想や労働運動の系譜を引くはずの日本の論者は、「ハイパーインフレを招く」「政府支出に歯止めがかからない」「戦争ファイナンスにも使われかねない」と批判的です。
海外の財政当局には、日本がヘリマネを導入することへの期待があります。デフレで高齢化先進国である日本が「世界の実験場」と見られている側面もあります。

ヘリマネ政策に片足を突っ込んでいる日本

2016年7月のバーナンキ氏、安倍首相、黒田日銀総裁の会談後、日本政府は公式には「ヘリマネ政策を検討している事実はない」(菅官房長官)と否定しています。
現在、日銀が行っている量的緩和は、物価目標率2%を目標に、国債を買い上げることで下支えするというのが建前です。政府の目標通り、物価の上昇が始まれば日銀による国債購入は停止されるはずですが、財政健全化が進まない中で本当に可能なのでしょうか。
ターナー氏は、ヘリマネ政策がハイパーインフレを引き起こしかねない懸念にも理解しつつ「バブル崩壊後に日本が行った商品券配布は、マネーの供給が少なすぎた。圧倒的に増やすと同時に政治からの干渉を避けるため、マネーファイナンスの政策決定は政府とは独立させる必要がある」と強調します。
こうしたことを考えると、日本は既に「ヘリマネ政策に片足を突っ込んでいる」と言えるのではないでしょうか。

アクセルとブレーキを同時に踏む日本

政府は消費税10%への増税を延期しました。しかしその一方で、国民に直接充足感のある「減税」には消極的です。過去、消費増税の時に、増税分の5分の1程度しか社会保障に充当しなかった経過を見れば、今回の延期は国民の重税感払拭にはつながりませんでした。
日本には個人金融資産が1,700兆円ほど眠っています。むしろ、これをマーケットに出すための経済政策を出すべきであり、金融・財政政策で本当に景気が上昇するのかという根本的な問いもあります。
ヘリマネ政策に片足を突っ込みつつ、財政健全化にも気を使うというのは、アクセルとブレーキを同時に踏むようなもの。海外から中途半端な政策を実行しているように見えるのが、今の日本の経済、金融政策なのではないでしょうか。
そして、私たちは、日本政府のこうした金融・経済政策を前提に不動産投資を考えていかなければならないのです。