マンション・アパートなどを賃貸する場合、入居者に家財保険の加入を義務付けるケースがふえています。賃貸物件の所有者はオーナーです。ではなぜ、入居者に家財保険に加入してもらう必要があるのでしょうか。入居者にしてみれば、年間で数万円とはいえ、理由のわからない支出は避けたいところですし、仕組みがわからなければ何が補償されるかもわかりません。家財保険とは、入居者の大切な家財と賠償責任を補償するための損害保険です。そこで本稿では、この家財保険の仕組みと、なぜオーナーが入居者に義務付けるほど重要なのかという点について、簡単に説明してみたいと思います。
1)オーナーと入居者の責任範囲
火災保険と家財保険、それぞれの補償範囲をはっきり理解できている人は多くありません。オーナーが加入する必要があるのは「火災保険と家財保険」、入居者が加入する必要があるのは「家財保険」です。これらは保険の補償範囲が異なっています。オーナーが加入する保険の補償範囲はどのようになるのでしょうか。
火災保険は、建物及び建物と一体になった附帯設備が焼失した場合などに備える保険です。建物の所有者はオーナーなので、物件が焼失した場合に備える必要があります。火災による損害の特徴は「失火した人に重過失がない限り、損害賠償義務を負わない」ということです。つまり、入居者が失火した場合でも、寝タバコや天ぷら油の加熱放置などの重過失があると判定されないと、損害賠償を請求できません。だからこそ、オーナーには火災保険が必要なのです。
次に家財保険ですが、これは賃貸物件に設置したエアコンや照明器具などの「オーナーが所有する家財」への保険になります。洪水・突風・台風など、経年劣化以外の理由で賃貸物件に備え付けた家財が損傷したり盗難にあったりした場合、これらの物品は入居者の家財ではないため、入居者が加入する保険の補償対象外です。マンスリーやウィークリーマンションなどで、家具・家電付きの物件を所有しているオーナーには、特に重要な保険です。
2)入居時に家財保険を義務付けられる理由
これだけの説明では、入居者が家財保険に加入することを「義務化するほどの理由」が見えてこないと思いませんか。入居者に重過失がない限り、火災を起こしても損害賠償をする必要はありません。また、補償範囲が自分自身の家財だけならば、保険への加入は任意であってもいいはずです。
それでは、なぜオーナーは家財保険の加入を入居者に対して義務化するのでしょうか。それは家財保険に含まれる「借家人賠償責任保険」にあります。先述のとおり、入居者が火災を起こしても重過失がない限り損害賠償の責任はありません。しかし、賃貸借契約における「原状回復義務」を入居者は負っています。原状回復義務とは、通常使用を超える範囲で損傷が生じた場合、「普通に使っていたら、この程度になる」という状態まで損傷を回復させる義務です。
この原状回復義務により、入居者は焼失してしまった物件を「焼失前の状態」にして、オーナーに返す義務が生じるのです。これは、法的な損害賠償責任にならないので「個人賠償責任保険」(日常生活で他者にケガを負わせたり物を壊したりしてしまい、法律上の損害賠償責任を負った場合に適用される保険)では補償されないのです。
原状回復義務を補償する保険は、現状では「借家人賠償責任保険」しかありません。オーナーは、入居者が火災などで自身の資力を超える損害を生じさせた場合の原状回復に備えてもらうため、入居時に家財保険への加入を義務付けているのです。
3)家財保険の補償内容
家財保険は、主に次の(1)~(8)の理由による家財への損害を補償します。
(1)火災、落雷、破裂・爆発による損害
(2)風・雪・雹による損害
(3)車の衝突や落下・飛来物による損害
(4)給排水設備などの水漏れによる損害
(5)テロやデモなどの暴力・破壊行為による損害
(6)盗難による損害
(7)洪水や浸水による損害
(8)不測かつ突発的な事故
おそらく、(1)~(7)までは理解しやすいと思います。ただ、(8)に関しては、やや表現があいまいです。「不測かつ突発的な事故」とは、どのようなケースが該当するのでしょうか。
実は、家財保険の重要な部分は、この(8)にあるといっても過言ではありません。(8)のカバーする範囲は大変に広く、家の中で過失により破損させてしまった家財も補償してくれます。家具や家電などが日常生活で破損してしまうことは、しばしば起こるケースです。入居者の方は、家財の何かを壊してしまったときは、加入している保険会社に問い合わせて保険金が受け取れないかを確認してみましょう。
備えあれば憂いなし
このように、家財保険は現在入居者の資力を超えた原状回復義務を補償してくれる唯一の保険となっています。このため、オーナーは入居者に加入を義務付けることが多くなっています。先述のとおり、家財保険は入居者にとっても適用範囲が広く、メリットの大きな保険です。オーナーも入居者も、火災保険と家財保険の補償内容をしっかりと把握し、保険金の申請漏れや補償範囲が重なることがないように、賢く保険を利用することをおすすめします。